木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 他にも思い出深い芸人さんがいらっしゃいます。滝あきらさん。艶ネタや風刺ネタを得意とする「漫談家」で、九十九一さんや村上ショージさんの師匠に当たる人です。世間での評価はそれほどでもなかったのですが、芸人さんの仲間にはとても愛された方でした。誰も本当の歳を知らなかったという不思議な人で、仲間の芸人さんの定期券を使って阪急電車に乗ろうとしたとき、名義人の年齢とかけ離れているのを不審に思った改札でとがめられた際に、「芸人に歳はない!」と叫んで通過をしたと言います。仲間うちから「ガッツ滝」と呼ばれた滝さんらしいエピソードです。ヨッパライの客が喋りにいちいちヤジをいれるので、切れそうになっている滝さんを見て、先回りして外へ連れ出したこともありました。漫談のような一人喋りの舞台でいちいちヤジを入れられたのでは、とても舞台を続けることはできません。おとなしく聞いていらっしゃる他のお客さんにも迷惑がかかります。

 そんな滝さんですが、衣装にはとっても凝るおしゃれな人で、どちらかというと原色系のファッションの多い芸人さんの中では異色の存在でした。早めの舞台を終えて、注文をしたコーヒーを飲みに事務所へ来られる、師匠の武勇伝やおしゃれ話を聞くのを楽しみにしていました。

 もう一人は木川かえるさん。ベレー帽をかぶり、大きな黒い縁の眼鏡をかけた独特の風貌の漫画家で、親交のあった手塚治虫さんの作品を見て漫画家への道を諦め、進駐軍のキャンプ巡りで磨いた、音楽に合わせて漫画を描く「ジャズ漫画家」として吉本に入り、ユーモアにあふれたトークを交えたアドリブ漫画という独自の芸で、周囲からも一目置かれていた存在でした。ひょうひょうとしたその人柄は、「俺が、俺が」という風潮のある芸人さんの中でも異色の存在で皆からも好かれていました。いたずら好きの仲間が、舞台で使う何枚かの模造紙に蝋を塗っていて、かえるさんが客のリクエストに応えて描く絵のインクがたれて舞台がこわれかけたこともありましたね。そんな時も怒りを表すわけでもなく、「せっしょや、せっしょや!」だけで済ませる不思議なキャラクターの持ち主でした。

 ガッツ滝さんも、後に京都精華大学で講師を務め、あの手塚治虫さんが「舞台の天才」と評した木川さんも逝かれました。今こうして振り返ると、こんな面白い人たちと共に、いい時間を過ごせたことの幸せを感じます。「こんな境遇に置いてもらって、おまけに給料までいただいていいのだろか?」なーんてことは考えませんでしたけれどね。

滝あきらさん      木川かえるさん

 

木川かえるさんの著書「ぼくは人生のすべてを、漫画から学んだ」

 

木川かえるさんの舞台風景