木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 その藁、いや、境さんからお電話をいただいた時に、「今、パルコ劇場のプロデュースをやっている」とおっしゃっていたのを思い出したのです。この方と初めてお目にかかったのは、たしか74年の初頭だったと思います。超人気番組「新春かくし芸大会」をフジテレビと共同制作していた渡辺プロで、当時キャスティングをされていた前原雅勝さんや杉山恵さんと共に来阪された時だったと思います。前原さんや杉山さんとは、以前に他の番組でお世話になったこともあってすでに顔見知りだったのです。皆さんからの要件は、4月から始まるTBSの木曜19時からの30分番組「アタック真理ちゃん」に桂三枝さんを起用したいとのことでした。当時の天地真理さんは「白雪姫」の愛称で呼ばれ、同じ71年デビュー組の南沙織さん、小柳ルミ子さんと共に「新3人娘」と呼ばれ絶大な人気を誇っていました。余談ですが西川きよしさんも大の真理ちゃんファンで、自らが司会をしている「シャボン玉プレゼント」に真理さんが入った時、色紙を持ってサインの列に並んでおられたのを憶えています。「司会者なんだから、楽屋でコッソリもらえばいいのに!」とは思ったのですが、この辺りが律儀な西川さんらしいと言えば、そうなんですけれど・・・。

 それはさておき、当時は自分の担当でもない三枝さんのスケジュールをまさか勝手に決めるわけにもいかず、先輩の担当マネージャーである松田亮平さんに話を繋いで、無事まとまったのですが、打ち合わせの席で、どう見ても年長でありながら、余り話をされない境さんのことが気になって、杉山さんに尋ねると、もともとは東京新聞におられた方で、縁あって渡辺プロに来られた方とのことでした。これで、「自分達のいる業界の人と少し匂いが違うな?」と思っていた疑問が解けました。話が上首尾に終わったお礼の意味なのか、ホテルでの夕食にご招待いただいた際、こちらも気を利かせて、社会情勢などに話を振ると、途端に饒舌になられたのを見計らって、「ところで、境さん、こちらの方は?」と小指を立てて尋ねると、途端に愛好を崩して、「ええ、これが大好きなんですよ!」とおっしゃったのが今でも耳に残っています。境さんがトイレに立たれた隙に、杉山さんがこそっと、「会社では境さんのことを、アンギラスって呼んでいるんですよ」とおっしゃったので、「まあなんと酷いことを!」と思ったのですが、後で映画「ゴジラ」に出てくる暴竜・アンギラスの写真を見ると、失礼ながら「満更似ていなくもないな」と思ってしまいました。

 この境さんが渡辺プロ在籍時に、森進一さんの「港町ブルース」の2番の歌詞を元の「港、宮古 釜石 大船渡」から、自分の生まれ故郷である気仙沼に変え、「港、宮古 釜石 気仙沼」にしたという説がありますが、真偽のほどは分かりません。境さんは以降、前原さんと共に、渡辺プロが共同制作をするTBSの「笑って笑って60分」や、ドラマ「哀愁学園」のプロデューサーを務め、その後、渡辺プロを退職されて、プロデュース会社「オフィス・ターボ」を設立され、前原さんは渡辺プロの制作会社「ザ・ワークス」の社長、会長を務められました。杉山さんは76年から88年までフジテレビと渡辺プロが共同制作をしていた「クイズ・ドレミファドン!」のプロデューサーをされていて、大流行していた「インベーダーゲーム」の手ほどきをこの方からしていただいた記憶があります。

 94年4月6日、指定されたパルコパートⅠの2階にあるヨーロッパ風の喫茶「a・i・u・e・o」で、公演通りを行き交う人たちに目をやっていると、「アンギラス」、いや失礼、境さんが現れました。さすがに、新喜劇で島木さんが登場した時のように、「死んだ振り」はしませんでしたけどね。

 

 

新番組「アタック!真理ちゃん」の番組欄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな味やねん?

 

 

「笑って笑って60分」の台本

 

 

境さん(イメージ)

 

 

「港町ブルース」の歌詞

 

 

死んだふり