木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 また、10月16日にはキャピトル東急ホテルで、「(株)イ―ウェル」さんと「5ℓ」が共催した、「50代からの人生をワクワクに!~木村政雄の夢中セミナー~」が行われました。イーウェルさんは、東急不動産・住友商事・トヨタグループの豊田シスコムを株主に、2000年に設立された、福利厚生のアウトソーシング事業を目的にした会社で、「5ℓ」を発行するライフエンタテインメント社に出資いただいていたパートナーでもありました。およそ80名ほどの参加者を相手に、「第2の人生を叶える旅」というタイトルで私が講演をして、2部でグループ別に分かれて、「皆さんの夢を教えてください」というワークショップを行い、3部でセミナーのまとめとして、夢の発表、表彰式と懇親会を行うという内容だったように記憶しています。

 次いで10月23日には、11月4日から、新たに始めることになったラジオ番組の収録のために文化放送を訪れました。タイトルは「木村政雄の楽園計画」、サブタイトルに「50代からの人生をワクワクに変えるお手伝い番組」と付けたように、ターゲットを大人に絞ったもので、いわば、私が編集長を務める「5ℓ」のラジオ版ともいえるものでした。放送時間はたしか土曜日の午後7時からの30分だったと思います。スポンサーにはジョインベスト証券さんに付いていただくことになりました。

 「蟹瀬誠一のNEXT」や「やる気MANMAN!」でお世話になっていたこともあって、首藤さんにお話をして、番組のプロデューサーに中根義雄さんが就いていただくことになりました。中根さんは、80年代に聴取率が低迷していた午後の時間帯を強化すべく、87年に夜のワイド番組「てるてるワイド」で人気を博していた吉田照美さんをメインパーソナリティに、深夜のノリでふざけた企画を行う「やるMAN」を立ち上げ、20・30代の男女からの支持を得て、93年には同時間帯トップに立ち、2007年の終了時までV55を達成する礎を築いた方で、96年からは、今も続く「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」というNRN32局ネットの平日10分ベルトの人気番組をプロデュースされた伝説の方でもありました。

 首藤さんを交え、中根さん、ライターの原さんらと、番組のあらましを打ち合わせたのは、たしか10月10日、青山の浪漫亭だったと記憶しています。この日の打ち合わせで番組を2つに分け、前半はCLUB-50というゲストトーク、後半は「楽園メール」というリスナーからのお便りを紹介するコーナーにして、私のお相手を務めていただくのが、石川真紀アナウンサーになることが決まりました。ゲストブッキングは文化放送さんにお任せをして、第1回目のゲストにお迎えさせていただいたのが片岡鶴太郎さんだったのです。

 物まねからスタートし、テレビのバラエティ番組で人気者になった後、俳優に転身、確固たる地位を築く一方で、画家としても高い評価を受け、長野オリンピックでは中継スタジオのアートアドバイザーを務め、群馬県の草津市や、石川県の山中、佐賀県の伊万里に、美術館や工芸館を開かれていました。意外なことに、お話をするのはこの時が初めてだったのですが、そんな不安をよそに話は大いに盛り上がりました。「オレたちひょうきん族」の話や、ボクシングに挑戦されたきっかけなど伺ううちに、急遽2週にわたって放送することになりました。

 爽やかにスタジオを去っていく鶴太郎さんをスタッフと共に見送った後、次のコーナーの収録。秋田出身の石川真紀アナウンサーに、「京都の紅葉の名所は?」と尋ねられ、「高尾か、東福寺」と、京都生まれにしてはありきたりな答えしか返せなくて、悔いが残り、京都に帰った際、タクシーの運転手さんに訪ねたところ、大徳寺の高桐院、大原の阿弥陀寺、長岡の光明寺、詩仙堂・・・」と、留まることなく続く言葉をさえぎって聞くと、観光タクシーのベテランだったのです。その後も「京都の紅葉には緑オレンジ赤黄色のグラデーションがある」「紅葉を美しく見るには午前は西に、午後は東に太陽を受けるように立つのがコツ」など、車内がすっかり紅葉講座となってしまい、どっと疲れたのを憶えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

四ツ谷にあった頃の文化放送

 

 

 

文化放送の石川真紀アナウンサー

 

片岡鶴太郎さんと