木村政雄の私的ヒストリー

HISTORY

第話

 スタッフも、総監督は横澤さんで、プロデューサーはアメリカ側が元ブエナビスタの副社長、チャールズ・コールソンと林専務、私はアシスタント・プロデューサーという立場でした。構成は東京ディズニーランドの初代副社長でもあったラリー・ビルマンと高平さん、振付と演出はディズニーランドでも振り付けをやっている、ウォルター・ペインターと高平さん、ヴォーカル・アレンジはマービン・レアード、ダンス・アレンジはマーク・ハミル、オーケストレーションは宮川昌さん、美術クレア・グラハムと岩井正弘さん、舞台監督は高平さんの事務所の和田勝利さんと決まり、5月11日東京で中邨副社長、林専務、横澤さん、高平さん、渋谷さんを交えて確認を取り、いよいよ動き出すことになりました。

 8月31日にはアメリカへ飛んでアメリカ側のスタッフと会い、翌日にはハリウッド・メソジスト・チャーチでダンサーのオーディションや予算の詰め、翌日もオーディションとプロダクション・ミーティングなどが連日深夜に及んだ事もあって、滞在4日目に主演予定のヒントン・バトルが出演中のラスベガスSAHARAまで出かけた時には、高平さん、和田さん、和田さんの奥さんで通訳のヘレンさん、私と大崎君、5人の内3人がショウの最中にコックリ・・・。ショウが終わってヒントンと挨拶したときの気まずかったことは今でも覚えています。えっ誰が寝たって?高平さんとヘレンさんでなかったことは確かですね。

 ヒントンは「タップダンス・キッド」と「ソソフィスケイテッド・レディース」で2度もトニー賞に輝いていました。オープニングを飾るスターとしては申し分ないキャスティングだったと言えます。他にクリス・ブリスというジャグラーとたばこ芸のカラジーニなどを選んで9月5日に帰国。6・7日にMBS営業の中野峰晴さんと会い、ご紹介いただいたローソンさんにスポンサードをお願いするため、都築冨士男社長にもお目にかかりました。都築さんは、中内功さんに乞われてローソン・ジャパンに入り、店舗を80から3000店にまで拡大し、倒産寸前のローソンを再建、日本を代表するコンビニエンス・チェーンに急成長させた人です。中野さんの根回し功を奏したこともあって、都築社長のご賛同もいただき、メイン・スポンサーになることを決めていただきました。併せて「ヤング!おー!おー!」、「4時ですよーだ!」と共に今回もまたお世話になったMBSの竹中文博常務に、プロデューサーとして名前を連ねていただくことになりました。

「アメリカン・バラエティ・バン」の出演者およびスタッフ

 

 

主演 ヒントン・バトル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーディションの告知

 

 

スケジュールを記した手帳

 

 

 

ローソンの名を冠した公式パンフレット