木村政雄のコラ!!ム

月のコラ!!ム

2017.7.30

 8月のコラ!!ム

 ネタも夏枯れのようで、近頃のワイドショーは政治ネタが増えてきたように思います。それもどちらかと言えば本筋の話ではなく、スキャンダルに近いものばかり。今日も、元スピードの今井絵理子・自民党参議員議員と、橋本健・同党神戸市議会議員の不倫疑惑が取り上げられていましたね。新聞に目をやりながら、いい加減に耳を傾けていると、両者が事前に打ち合わせをしていたのか、一様に「お互い好意は持ってはいたけれど、一線は越えていない」とコメントしていました。「行為をしているなら不倫じゃん、ましてホテルのガウンに更衣してるなら尚更のこと、それで一戦を交えたんだ!」と思って顔を画面に移すと、「こうい」が好意で、「いっせん」は一線のことだと判明しました。まさか、「ご声援を五千円」「ショートケーキを消毒液」と間違えたり、グレイのベストアルバムを灰色のチョッキと間違えたりすることはありませんが、これも年のせいなのかもしれません。

 もう一つは、蓮舫さんが、唐突に民進党の党首を辞めました。会見で「自分に、人を惹きつける求心力がなく、遠心力しかなかった」とおっしゃっていましたが、「遠心力ってそんな風に使うの?」と思いました。「求心力がなかった」で終われば、それで十分に意は尽くされていた気がします。それでも後段にこの言葉を足されたのは、どこかに、「自分は負けたのではない!」と強がる気持ちがあってのことだとは思いますが、もしこの「遠心力」なるものを、お持ちになっているのなら、それこそこの力を「今井絵理子議員と橋本健議員に差し上げてみたら?」なんて思ってしまったのですがね。

月のコラ!!ム

2017.6.30

 7月のコラ!!ム

 6月末、久ぶりにソウルを訪ねてきました。新聞を見ていると「五つ星ホテルに泊まるソウル2日間の旅」という文字が飛び込んできたのです。しかも値段が17,800円!もちろん空港使用税など付帯経費はかかるのですが、それにしても安い。思わず、「てるみくらぶ」?とも思ったのですが、既に倒産していて存在していません。主催はJTB、しかも羽田発着。ネックは午前4時20分に団体カウンター集合ということでしたが、少し夜更かしをしたと思えばいいだけのことです。前日に迎えのタクシーを予約、モロッコへ行く際、使用済みのパスポートを持参して、慌てて空港から自宅へ取りに戻った妻のパスポートを確認していざ出発。お決まりの免税店経由で、世宗ホテルにチェックインしたのが14時。昔のように梨泰院や東大門に行くこともなく、馴染みの多味粥や喫茶RODINなど明洞エリアをうろうろ。夜はホテルの近くで、カンジャンケジャンという渡り蟹の醤油漬けを食べました。翌日もほぼ同じコースをたどって過ごし仁川空港へ。チェックインばかりではなく、荷物の預け入れまでが自動化されていて「日本より進んでいる」と感心しました。もっとも日本にはスマホをいじりながら受付をしているイミグレーションの人間などはいませんが・・・。なぜか帰り便は、ビジネスクラスにグレードアップをされ、高々100分くらいとはいえ、ゆったりと帰ることもできました。カンジャンケジャンの味が忘れられなくて、さっそく明日、赤坂にある「プロカンジャンケジャン」の予約まで取ってしまいました。

月のコラ!!ム

2017.5.31

 6月のコラ!!ム 「忖度って損択?」

 少し前、流行った言葉にKYって略語がありましたね。「空気を読めない奴」ってことで、「その場の雰囲気から状況を推察できない」とか、「相手の心中考えていることや成り行きを推し量れない」と否定的に使われていたように思います。これに対して「空気が読める奴」はKYRと肯定的に使われていた気がします。

 では、安倍夫妻のおかげで有名になった森友学園や、加計学園の場合はどうでしょう。盛んに使われた言葉に「忖度」という言葉があります。国語辞典では「他人の心中を推し量ること」(英語ではGUESS)とあるように、役人がKYRに走って設置認可を出したり、国有地の譲渡に便宜を図ったりとしたのではないか騒がれているわけです。この場合はKYRが否定的に使われているわけです。

 共に国有地が無償や過度のプライスダウンで譲渡されることを考えると、国有地は国民の財産ですから、役人のKYRによって国民が損を被ることになるのです。損をする方をえらぶ(択ぶ)わけですから、この際「忖度」は「損択」と書き改めた方がすっきりすると思うのですが。

月のコラ!!ム

2017.5.1

 5月のコラ!!ム

 自らの失態をよそに、「あの騒動で長靴業界が儲った」と口走った務台・内閣府政務官が辞任したと思ったら、今度は今村・復興相が、「東日本大震災が(都心ではなく)東北で良かった」と発言して辞任に追い込まれました。ある人が、今村さんが佐賀県選出議員であることから、幕末の会津戦争の折、鶴ヶ城にアームストロング砲で爆弾を撃ち込んだのが佐賀藩だった故知になぞらえてコメントをしていましたが、それは穿ちすぎだとしても、発言には十分気を配らないといけないなと思いました。この人たちを批判するのは容易いことですが、人間誰しも、ついその場だけの受けを狙って、不用意なもの言いをしてしまうことがあるからです。その不用意な発言が、どれだけの人を傷つけるかということに考えが及ばないことって、誰しもありがちなことなのです。大切なことは、この人たちの事例を教訓として、「人の振り見て、わが振り直せ」ということなのです。と言っても、駅や公衆トイレで、隣り合わせた男性が勢いよく㊙カ所を振り回している姿を真似してはいけませんよ!

月のコラ!!ム

2017.3.31

 4月のコラ!!ム

 近ごろ、ひな壇タレントがウダウダ言っているバラエティ番組より、濃いキャラクターの登場する報道番組のほうがよほど面白いこともあって、連夜報道番組ばかり見ている私ですが、国会答弁の席で、安倍さんの口から「印象操作」や「悪魔の証明」と耳慣れない言葉が出た時には驚きました。とても「云々」を「でんでん」と読む人の口から出た言葉だとは思えなかったからです。

 私などは、「いんしょうそうさ」と聞いて、ハンコを偽造する「印章の操作」かと思いましたし、「あくまのしょうめい」は「女性の某・安〇キャスターなどが、シワを隠すために強烈に当てる、下からの照明のことかと勘違いをしたくらいです。

 そもそも「印象操作」とは、テレビがよくやる手法で、その番組で自分たちが主張したいことがあるとき、その主張に沿った映像やデータ、コメントを流して、それが真実であるという印象を視聴者に与えることをいいます。たしかに籠池夫人など、本当はどんな人か知りませんが、「おばはん」と呼ばれたり、叫んでいる姿ばかりがフューチャーされて、ある種のキャラクターが固定化されてしまった感があることでもわかります。

 もう一つの「悪魔の証明」という言葉は、なんでも古代ローマ法で初めて使われたそうで、ひらたく言うと、「全くないということを証明するのは不可能に近い」ということだそうです。なかったことを証明するのが難しいというのは、痴漢の冤罪事件を見ればわかります。いきなり女性から「この人痴漢です」って叫ばれたら、どうしてやっていないことを証明できるのでしょう。例え相手が、「か弱き美女」ではなく、「えっ!あんたが?」と思われる女性であっても、言われた男性の方に疑惑の目が向くのは避けられないと思われます。ラッシュアワーの電車の中で、その言葉を投げかけられないために、男性がどれだけ苦労しているのかを、少しは女性にもわかっていただきたいものですね。

 さて、安倍さん、次はどんな言葉を口にしていただけるのでしょう?これもテレビを見る楽しみの一つになってきました。

月のコラ!!ム

2017.3.1

 3月のコラ!!ム

 今日から3月、とは言え、「春は名のみの 風の寒さや」と謳った早春賦の歌詞の通り、肌を刺す空気はいまだ寒気を帯びたままという今日の天気です。そんな外気に触れながら、いつもの書店に立ち寄って、気になるタイトルの本の前に立ち、ページをめくっていると「人間は“年に2%”賢くなる」という文字が目に飛び込んできました。「えっ!加齢と共に、あらゆる機能が劣化していくとばかり思っていたのに、逆に賢くなっていくなんて!」と思って読み進んでいくと、「買ったばかりのスマートフォンの操作に四苦八苦していた人が、1年後には使いこなしていると状況をイメージするとわかりやすいでしょう」と続きます。ガラケーの私にはイメージしようもないし、さりとて半年ほど前にスマホに換えた妻を見ても、いまだ操作に習熟した気配はありません。それどころか、むしろあちこちに忘れ物をする機会が増えているくらいです。いったい何を根拠に2%賢くなるなどと言っているのかと怪訝に思って著者を見ると、脳科学者ではなく、なんと経済評論家の言でした。もし本当に2%賢くなるなら、難関試験にでも挑戦してみようかと思っていた私の目論見は脆くも崩れ去ったというわけです。

 まあこれは戯言として、やはり人間の機能が加齢と共に劣化していくのは否めない事実だと思います。ならば、せめて従来より2%努力の量を増やして、機能の減退を補うことを心掛ければ、少なくとも現状維持は図れるのではないかと思い直すことにしました。10%などと高望みしたって続くわけがありませんからね。さっそく今夜から腹筋マシーンのノルマ回数を2%増やしてみることにします。「たった2%かい!」と妻にツッコまれそうではありますがね。

月のコラ!!ム

2017.1.31

 2月のコラ!!ム

 むかし、テレビの中継番組で地方局へ行くと、週にたった1回、1時間番組の中継を担当するだけなのに、担当プロデューサーが「いやー、忙しくって」と言いながらあちこち飛び回っているのを目撃したことがありました。逆に、東京局で週に5~6本も担当しているプロデューサーからは「忙しい」なんてセリフはついぞ聞いたことがなかったように思います。一体どちらが多くの仕事量をこなしていたかと言えば、もちろん後者の方に決まっています。それがなぜ忙しいと感じるのかと言えば、人が少なく分業システムが整っていないということもあるのかも知れませんし、本人のキャパシティが低いということなのかもしれません。もっと言えば、かって吉本新喜劇にいた谷しげるさんのように「あー忙し×2乗」と吹聴することで、自分が局の中で重要視されているということを誇示していたのかもしれません。

 この地方局のプロデューサーのような「忙しさ自慢」をする人が結構います。仕事が多すぎて、数時間しか寝られていないとか、土日も関係なく仕事があって休めないと自慢げに話す人が。へそ曲がりな私は、そんな言葉を耳にするたび、横須賀の生まれでもないのに「そんなに忙しいなら辞めりゃいいじゃん」と思ってしまいます。「忙しい」のは要領が悪いということかもしれないし、生産性が低いということかもしれないからです。大切なのは忙しいという費やした時間の量ではなくて、どれだけの要求水準を満たしたかという質なのです。そろそろ我々も、「忙しさ」よりも、「暇さ」を自慢する社会を目指すようにした方がいいと思うのですが。えっ私?・・・私は「はた目には 何の苦も無き水鳥の 足にせわしきわが思いかな」でいきますよ。

月のコラ!!ム

2017.1.4

 1月のコラ!!ム( Ⅱ )

 恒例の箱根駅伝も終わり、いよいよ平成29年が始まりました。昭和に換算すると92年、明治だと150年に当たる年回りで、12支では酉年にあたります。この酉という字は、もともとは酒壺の意味で、豊作物の育生の1年を12の季節に分け、秋の初めに収穫した穀物が熟成して酒となる、1年のうちの10番目の月を表していました。それがのちに、暦として広く使われるようになると、この12支にそれぞれ動物が当てられ、酉には鶏・鳥となって、以降酉という字がトリという意味でも使われるようになったものだといいます。

 また、トリといえばニワトリがすぐに思い浮かぶように、我々の生活・文化の中でとても身近なトリです。このニワトリという呼び名は「庭の鳥」という意味の「庭つ鳥」が基になったそうです。今はこのニワトリのなき声を「コケコッコー」と表現することが当たり前ですが、江戸時代には「トウテンコウ(東天紅・夜明けを告げるニワトリの鳴き声)」と表現することもあったそうです。現にあの伊勢神宮でも、式年遷宮の際には御霊代が御殿から出御される瞬間に「天の岩戸開き」に倣ってニワトリの鳴き声をまねた鶏鳴が行われるといいます。

 この酉年の1年が、皆様方にとりまして(もちろん、私にとりましても)文字通り、「夜明けを告げる、熟成した、いい年」となりますようにと切に祈っております。「幸気来来(コケコッコ)」、ちょっと苦しいですかね?

 

 

 

2016.12.29

 1月のコラ!!ム( Ⅰ )

 今日は12月29日、いよいよ年の瀬。行きつけの喫茶店へ行っても顔なじみの常連客だけがちらほらと。そういえばニュースで、「今日は帰省客がピーク」とも言っていた気がします。思えば昨年は、ちょうどこの時期にテレビが故障して慌ててビッグカメラに走った記憶があります。今年はそんなアクシデントもなく安心をしていたら、グラッときましたね、昨夜。茨城県北部を震源地とした地震で、都内23区でも震度3でした。

 まあ歳ともなると、ことさらに新年を迎える感激などもなく、年々その意識が薄れていくものですが、今年は特に22日まで国外に出て、帰っていきなり3連休ということもあって、気が付いたら、あっという間に土俵際に足がかかっていたという感じです。

 喫茶店を出るとき「よいお年を!」と言って送り出されたのですが、つい「誰がええ歳やねん!」と心の中で呟いてしまいました。どうもこの歳になると僻みっぽくなっていけません。でも、「よい年」って一体何なのでしょう?自分にとってよい事ばかりが起こるということでしょうか?いやいやそんなことは、私の経験上あり得ません。彼の俳人・小林一茶は「めでたさも中くらゐなりおらが春」と詠んだそうですが、「まあほどほどに」ということなのでしょう。せいぜい、「少欲知足」をモットーに生きてみることにしますか、「めでたさも治癒くらゐなりおらが春」ってね。